東京オリンピック 聖火ランナー体験記

この度、縁あって東京2020オリンピック聖火ランナーを務めました。おそらく人生最初で最後の体験です。コロナ禍でオリンピックはもちろん、聖火リレーの開催にも賛否両論がある中、走りました。当日の流れ、細かいルール、感想を記します。






4月5日午後5時、名古屋市西区の枇杷島スポーツセンターに20名のランナーが集まりました。その中には元名古屋グランパスの楢崎正剛さん、ソチオリンピック日本代表のフィギュアスケーター村上佳菜子さん、ノーベル物理学賞受賞者の天野浩教授など多くの著名人がいました。今回は密を避けるため、誰がどこを走るかは未公表で、私も当日に初めて錚々たる方々と対面し、驚きました。

ランナーは事前にホームページの説明動画を見て、走行ルールを把握しておかなければなりません。このルールが意外に多いのです。約200mを2分程度で走ること。火を受ける時は進行方向の左側で待機。つける時は右側へ。火を受け渡すトーチキスが終わると、カメラに向かって2人でポーズ。ポーズはバスで現場へ移動する前に必ず前後のランナーと決めておくこと。ユニフォームは支給されるが、靴は持参。ただし、色は白。寒くても上着は羽織れず、インナーは白かベージュのTシャツのみ。髪の長い人は燃え移り防止のため、1つに束ねる。トーチは顎より高く。移動後のトイレはNG。持ち物は携帯電話とハンカチのみ。走るペースは同行スタッフの助言に従う。その他、2週間前から会食禁止。毎日の検温も必須です。

午後8時。いよいよ私の出番です。金シャチ横丁前で火を受け取り、沿道に詰めかけた観衆の拍手を受けながら、名古屋城正門に向かいました。緊張感、高揚感、責任感。歓喜、興奮、感動。様々な思いが交錯し、まさに無我夢中で、あっという間でした。気付けば、ゴール寸前。この時の景色が見事でした。ライトアップされた名古屋城、薄いピンクの夜桜、オレンジの炎。その向こうに笑顔の村上佳菜子さん。素晴らしい瞬間でした。

走り終えて携帯電話を見ると、NHKのライブ配信を見た友人や親族から多くのメッセージが届いていました。コロナさえなければ、心の底から喜べるイベントでした。しかし、正直、どこか引っ掛かるものがありました。「反対の人もたくさんいるんだろうな」、「どう見ても密だな」、「この時期、この方法での開催は正解なのかな」。複雑な気持ちで枇杷島スポーツセンターに戻りました。着替えが終わる頃、少し冷静になり、私なりの結論に至りました。

「前に進まない限り、ゴールはない。ただし、ルールは守って」。聖火ランナーの走りはとてもゆっくりで、細かいルールもありました。確かに命は尊く、何事にも代えがたいものです。しかし、立ち止まったままでは閉塞感や悲壮感が募るだけで、何も生まれません。今後もコロナ次第でルールは厳しくなるでしょう。それもしっかり守る。その上で前を向いて、できる範囲で、ゆっくりでもいいから、一歩一歩進んで行かないと、いい景色は見られない、ゴールはない。そう、痛感しました。聖火ランナーは「コロナ禍での生き方そのもの」を表現しているのかもしれません。

文; CBCアナウンサー 若狭 敬一(平成10年卒)