【鈴木亜由子選手の「今」に迫る】(キタン新聞3月号より)

suzuki_ayuko

<鈴木亜由子選手。愛知県豊橋市出身。29歳。愛知県立時習館高校から名古屋大学経済学部へ進学。2014年3月に卒業し、同年4月に日本郵便入社。日本郵政グループ女子陸上部に所属する東京オリンピックマラソン女子日本代表選手。>


ラジオで語った現況

質問には答えやすいものと答えにくいものがある。しかし、鈴木亜由子選手はその全てを受け止め、真摯に語った。去年、開催される予定だった東京オリンピックは新型コロナウイルス感染拡大の影響で1年延期。今年の開催も不透明。そんな中、彼女は今、何を思うのか。


1月30日。鈴木選手はCBCラジオ「若狭敬一のスポ音」(毎週土曜日12時20分~16時)にゲスト出演した。これは1月20日にリスナーからの質問に答える形式で電話収録し、ほぼノーカットで約50分放送したものだ。まずは「今はどこで何をしているのですか」という簡単なお便りからスタートした。

「今は徳之島で合宿中です。疲労は着実に溜まっていますが、継続して練習できています。テーマは土台作り。しっかりと距離を走り込んで、体が重たい中で足を運ぶトレーニングをしています。徳之島に入ったのは12月28日。やはりアップダウンがたくさんありますし、温かい。強靭な足を作りたかったので、この場所にしました」

声は明るく、張りがあり、日々の充実ぶりが分かる。次に「マラソンのトップ選手の練習はどんな内容ですか」というメールだ。

「4日間練習して、1日休むペースです。多い日は5、60キロ走ります。日によっては10キロ程度。60キロは一気に走るのではなく、ウォーミングアップで10キロ。それから40キロ。クールダウンで10キロ。今まで40キロ走は1回、30キロ走は3、4回ありました」

体調管理で気を付けることは何か。

「睡眠です。最終的には練習、食事、睡眠のサイクルをうまく回すことです。起床は5時。でも、長距離選手の朝は早いから、特別ではないですよ。就寝時間は9時から10時の間ですね」

マラソン中の思考とは

マラソン好きの男性から「走っている時に何を考えているか」を尋ねられた。

「苦しい時は『あのきつい練習があったから、力になっている』と思うことはあります。練習で壁を超えておくと、試合でも耐えられる可能性はあります。でも、マラソンはなるべくエネルギーを使いたくないので、特に前半はボーっとしていたい。寝ているように走りたいんです」

これには驚いた。レース中は他選手の表情などをチェックし、仕掛けどころを探っていると思っていた。

「抑えるべきところは抑えます。でも、あまり細かく他の選手の動きや表情に気を取られると、かなり体力を使うんです。だから、一番は自分のペースを守ることですね」

キタニアンも声援を送った激闘のMGC

オリンピックの切符を手にした2019年9月のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)を振り返ってもらった。キタン会の有志も沿道で旗を振り、声を枯らし、同窓のヒロインを応援した。

「人生で最も恐怖と戦ったレースでした。いつ足が止まるんだろうという恐怖です。一瞬でも気を抜くと、これは足が止まるなと分かったんです。とにかく諦めてはダメ。でも、行き急いでもダメ。少ないエネルギーをいかに使わずに走るかを考えていました」

一発勝負のプレッシャーが心身を削ったのか。

「確かに過度な緊張が体力を相当奪いました。でも、一番の理由は力不足です。あのハイペースに付いて行く練習ができていなかった。弱いなと思いながら、走っていました」
結果は2位。ただ、3位の小原怜選手とはわずか4秒差だった。

「びっくりしました。周りの声援から2、30秒の差があると分かっていました。でも、まさか4秒差とは。正直に言うと、最後の直線で『やっとゴールできる』と思ったんです。これはいけないこと。張り詰めていた緊張感がふっと抜けたんです。最後はほとんど歩いていました。あの気の緩みは反省点。マラソンは怖い。心と体が一致するんです」

コロナ禍でもブレないメンタル

オリンピック延期をどう受け止めたのか。

「ある程度、予想はしていました。むしろ自分にとっては準備期間が増えたと捉えています。怪我もしていたので、集中して今やるべきことをやろうと。それが日本代表としての責任だと思いました」

リスナーからは座右の銘を問うお便りが届いていた。

「得意淡然、失意泰然です。物事がうまく行っている時は淡々と、うまく行かない時は泰然として、次の好機を待つという意味です。泰然は難しいですが、物事は捉え方ひとつで良くも悪くもなる。違う側面から見れば、良いこともある。無理やりにでも良い方向に考える。そっちの方が人生楽しいです」

マラソン会場が北海道へ変更したことも動揺はない。

「1度、北海道マラソンを走った経験があります。あの時と本番のコースは少し違いますが、平坦でスピードが求められます。トラックでスピードを養ってきたので、プラスです」

リラックス方法や他競技の選手との交流についての質問もあった。

「気分転換は自然の中にいること。周りに自然がなければ、外に出るだけでもいいし、YouTubeで自然の音を聞くだけでもリラックス効果があります。あまり他のスポーツ選手と交流はありませんが、体操の寺本明日香選手とテレビでご一緒させて頂きました。絶望的な怪我からの復帰の過程を見て、芯の強さ、競技に対する真摯な姿勢を見て、力をもらいました」

名大での学びがマラソンに繋がっている

現役大学生からは「4年間でやっておいた方が良いことは何ですか」と聞かれた。

「一番は孤独を知ること。入学式の総長の挨拶だったんですが、親元を離れて、一人暮らしをして、自分で生計を立てるべきだと。高校までは食べることから寝ることまで親任せ。でも、一人暮らしをすると、自分でリズムを作って、一歩ずつ成長できる。これはマラソンにも共通します。周りのサポートはありますが、走るのは一人。最後は自分の力で道を切り開くしかありません」

さらに加えた。

「価値観を広げることです。色んな人に出会って『それもありだよね』と思えること、寛容な自分になることが大切だと思います。大学4年間は子供から大人への移行期で、とても贅沢な時間。高校までは時間がなく、レールから逸脱しにくいし、レールに乗っていれば、時間が流れる。大学4年間で多くの人と出会って、多種多様な価値観をスポンジのように吸収して欲しいです」

アスリートに聞くべきか、逡巡した質問

東京オリンピックへの意気込みを聞いた。

「今の状況に感謝して、自分のベストを尽くしたい。日々努力したいです」

番組としては十分な話が聞けた。ここで終わって良いと思った。しかし、私は深追いしてしまった。最後にデリケートで、答えにくく、厳しい質問をした。「もし、東京オリンピックがなくなったら、どうですか」と。すると、初めて鈴木選手が言い淀んだ。

「あの、それは・・・考えています」

しばらく沈黙が続いた。そして、ゆっくり話し始めた。

「参考にしているが禅の考えなんです。悟るってありますよね・・・。あ、でも、うまく言えないなぁ」

頭を整理し、必死に思いを言葉にした。

「お坊さんはみんな悟ろうと思って修行に励みますよね。でも、悟ったとしても、終わりじゃないらしいんです。あくまで悟りは一瞬の出来事に過ぎない。やっと悟っても、悟った瞬間、また新たな悟りの旅に出るらしいんです。要するに、目標は次から次へと生まれる。確かに大きな目標がなくなってしまうと、人間はサボってしまうし、モチベーションも下がります。でも、目標が存在して、それをクリアしたとしても、どのみちまた先がある。もちろん、東京オリンピックという目標はあると思いたいですし、あるに越したことはない。でも、よく考えると、あってもなくても関係ないというか、今という一瞬一瞬を大事に日々自分と向き合って取り組むことが何よりも重要なこと。いつも心の中でそう唱えて、頑張っています」

今を生きる。これが全ての答えだった。禅に「而今」という言葉があるらしい。変わらない過去に振り回されるより、あるとも限らない未来を案じるより、今この瞬間を生きるべし。鈴木選手の今を心から応援したい。


鈴木さんは、招待選手として出場するはずだった3月14日名古屋ウィメンズマラソンを、左膝のケガのため欠場しました。ご本人は、地元開催ということでぎりぎりまで出場の可能性を探っていたようですが、 東京オリンピックを見据えて、今は無理できないと日本郵政グループの高橋監督が判断したようです。今回の欠場で、東京オリンピックはぶっつけ本番となるかもしれません。キタン会としては今まで通リ、静かに応援をしていきたいと思います。